月見の家
竣工:2022年2月
古道具と古材と縁側のある、今の茶の間の暮らし
家の計画は、当然ながら「建てる人」が大きく影響します。また、ピンとこない方もいるかもしれませんが「建てる場所」も重要になります。方位、面積、周囲の環境や地域性、、、敷地にも個性があるからです。
この家のクライアントは、計画当初まだ20代という若いご夫婦です。今は1歳になったお子さんの3人家族。相談に来られた時はお腹の中でした。
ご主人は背が高く穏やかな柔らかい雰囲気の方で、奥様は控え目で静かな雰囲気の方です。
お二人は共に日本的なモノ、いわゆる"和"が好きで、色々なコトやモノに"和"が取り入れられていました。結婚式の会場や旅行の宿泊先も、身の回りの小物まで。
また、生まれ育ったご実家や地元を大切にされていました。計画においてはおそらく、新築でありながらも、それぞれご実家のような空気感を潜在的に想像しているのではないか?という思いもありました。
共に検討し、購入した敷地は、新津駅に程近い古い町の中にあります。4mに満たない幅員の細い前面道路が少し曲がっていて、懐かしい日本風情を感じさせる町並みです。
そして、ご主人のご実家の目と鼻の先であり、奥様のご実家からも徒歩10分程の位置関係。
"家"が重なり"大きな家族"をイメージさせる場所です。
ウチは自分たちのために、ソトはみんなのために。
外部の計画
クライアントから「瓦が使えたら嬉しい」という要望がありました。町並みから考えてもとてもいいことだと思っていたのですが、簡単には「使いましょう!」とは言えませんでした。
理由は二つ。
一つは予算分配の仕方。内部に手間がかかることが予想できていたので、どこにお金をかけてどこを抑えるか。
もう一つは、瓦を載せると耐震についての構造のルールが厳しくなるので、計画の自由度が下がってしまうことへの懸念。悩ましいところです。説明をするとすぐに理解していただいたのですが、なんとか瓦が使えないものか考えていました。
外壁材として施工出来ないか検討しているときに、表通りに残る雁木が目に留まりました。「玄関ポーチにいくつかの機能を追加して、この雁木のようなスケールでいければクライアントも必ず喜ぶだろうし、町並みへの配慮も出来る」。光が指した瞬間でした。
自転車の駐輪と近所の方とのコミュニティ、そしてテラスの機能を持たせた大きめな瓦葺のポーチになりました。日本の建築様式を意識して、柱を偶数本立てて、間を奇数にしています。
雰囲気を似せるために寸法を測らせてもらったのですが、機能を満たすことを優先して一回り大きなサイズになってしまいました。
屋根の主な役割は、雨から建物を守ることと、太陽との関係をつくること。そして、建物のカタチを決める要素のひとつ。
ローテクだった昔は、勾配が緩いと雨漏りしてしまうので急勾配が必然でした。屋根材の工業化が進むにつれ勾配を緩くすることが可能になっていきました。今ではほぼ平らに出来、建物は平面も形も自由になったため、より個性的なものを求める傾向が強くなったように感じます。
この家はしっかりと勾配のある屋根としました。理由は町の雰囲気に合わせるためです。
正面から見ると寄せ棟屋根ですが、裏から見ると実は切妻屋根になっています。平面形状が長方形のため、普通に寄せ棟にすると頂部が平らに見えるのですが、どうしても三角屋根(方形っぽく)に見せたくて作為をした結果です。
テレビなどを置く板畳に床柱を立てて、床の間のようなスペースを設けました。柱は柾目のツガ材。
ここはあえて少しモダンな間にした方が隣に置かれる古い桐箪笥が引き立つと思い、落とし掛けは設けず落ち天井として仕上げました。
スッキリと仕立てた分飾り台に置く季節のモノや、お気に入りのモノが活きてくるはずです。
居間の掃き出し窓の前に縁側のようなスペースをつくりました。
単に畳を2枚増やすのではなく、フローリングを張って下がり壁を設けるなど手間を掛けたのは、居場所を一つ増やすため。ラウンジチェアを置くもよし、ラグを敷くもよし、使い方は自由です。
フローリングはタモ材を畳の目に合わせて、芋目地のすだれ張りに。
天井も同じくタモ材の突板合板で仕上げています。
「欲しい物があったらどうぞ」
クライアントの親御さんからお声がけをいただき、空き家となったご親戚の家へと一緒に伺いました。
ここでは桐箪笥を二棹と古いカタイタ硝子入りの建具を4枚、硝子セードの照明器具をいただきました。
それとは別に、昔に作られた古い建具や欄間などを求めて、長岡の井口製材所さんに一緒に行きました。たくさん仕入れてしまうと、プランに制約が出てしまうので「"ときめく"モノだけにしましょう」と言っていたのですが、"ときめく"モノばかりで、、、結果、7点の古き良きモノたちの購入となりました。
それらをどう使おうか考えながらのプランニングは、楽しくも悩ましいものでした。
桐箪笥は居間の板の間とキッチンの脇にそれぞれ置いて、照明器具は階段の踊り場に、建具のカタイタ硝子はキッチンの吊戸棚の扉に使うことが出来ました。
下足入の天板(欅の裁ち板)、玄関の明かり取りの窓(欄間)、居間と寝室の出入口(簀戸)、踏み込みの欄間、窓の網戸(小障子)、テレビ台に使うことが出来ました。(もう1点は飾り用に)
これらを活かすため、周りを控え目にする事を心掛けました。
下がり壁の塗り回し、台所天井の八掛風見切り、落ち天井の大手のテーパー、ロッカーのペンキ塗り、簀戸と組み合わせる障子戸のデザインなどなど、、、。主役を引き立てるための手間にコストを掛けています。
帰宅したときにカバンやランドセルを仕舞う、ロッカーのように使う収納棚です。
ボックスを組んで家具のように納めています。仕上げはペンキ塗り。
色については設計者とクライアントの意見が合わず、決まるまでに時間がかかりました。現場監督や塗装職人さんを巻き込んだ打合せを経て、オリジナルのイイ色のグレーが生まれました!笑
「洗濯機を置く場所で物干しをしたい」と「帰ったらすぐ手を洗いたい」という要望がマッチしました。
コンパクトにまとめたよくある形式の『洗面脱衣室』から洗面化粧台を外に出して、洗面と脱衣室を分けています。洗面で長居はしないということだったので、個室にはせずトイレ前の廊下に洗面台を設置。親御さんや友達が来られたときにも便利に使えそうです。
その分“干す”と“たたむ”がしっかりできるよう、広めの『脱衣洗濯室』にしました。
小針の町家(竣工:2019年4月)を見学してもらったときに、広めの踊り場のある階段を見て「楽しそうな階段でいいですね」という話しで盛り上がり、加わった要望の1つ。
1階の部屋の天井高や構造を考慮しながらなんとか設けることが出来ました!?
床に直接座れるようにカーペットで仕上げたり、階段の踏み台をベンチにしたり、楽しいヌックの要素を持つ踊り場になったのでは?と思っています。
用途を定めていないスペースを用意しました。余裕があれば普通は子供室を充実させるのだと思いますが、色々な工夫で対応する事にして、"楽しい"の可能性を広げました。
当面は、踊場の延長としてギャラリー的な使い方をします。その後はクローゼットになるのかもしれませんし、個室になるのかもしれません。なので、いつか何かしらの個室に出来る様、建具枠を付けています。
他の居室とは雰囲気を変えるため、折り上げ天井や目透かし巾木でギャラリーらしく設えてみました。
この部屋の窓からご主人が参加する表通りのお祭りを楽しむことができます。
主寝室は畳敷きの6帖間。布団の上げ下ろしをするので押入があります。布団を敷いたら寝る部屋になり、布団を上げればセカンドリビングになります。少し面倒ですが、少しの努力で用途と役割を増やすことが出来ます。
南面の壁は、クライアントとそのご家族みなさんで珪藻土を塗りました。(下地処理と最後の仕上げはプロが行いました)「いい思い出ができた」と喜んでいただけたようです♪
廊下からもアプローチできるウォークインクローゼットを隣接させ、日々の身支度などが便利になるように。
玄関はアルミサッシではなく、製作の木製建具としました。
引き違い戸ですが、下足入側を間違って開けないように、開けるほうだけに框を追加して分かりやすくしています。
また格子のデザインはクライアントのイメージを取り入れてまとめました。
木製なのでどうしても隙間風が入ります。なので、玄関と廊下の間に扉を付けました。ワーロン紙を太鼓に張って断熱性を考慮しています。
玄関脇には土間収納。キッチンにつながる出入口を設け、”勝手口風”の使い方を考えました。
敷地面積:177.86㎡(53.69坪)
延床面積:104.32㎡(31.50坪)
構造規模:木造2階建
建築地 :新潟県新潟市秋葉区新津本町
用途地域:第一種住居地域
設計期間:2020年11月~2021年8月
工事期間:2021年8月~2022年2月
明るさや庭との関係において、重要となる東の開口。
大抵の場合"暗さ"は悪者として扱われ、出来るだけ明るい空間にしようとするのが普通だと思います。
ですが"和"を求めるお二人のための空間なので、"日本の明かり"について重きを置いて計画をしました。光と同時に陰を意識することが大切なことと考えたからです。光は窓、陰は壁、、、。
大きな窓を付ける為に時間をかけて工夫をするよりも、どんな壁が魅力的なのかを考えることにしました。壁の面積を増やし、窓の光がより印象的になることを目指して。
そこで南面はあえて風を通すためと割り切り極力小さい窓とすることで、空間が均質な明るさにならないよう操作しました。
時間の移ろいによる陰影の濃淡が"和"に繋がっていくことを期待しています。
窓のサイズが小さく抑えられれば、耐震性が上がるし、断熱性にも有利だし、一石三鳥になるかもしれない。何度も窓の変更している中、最終案にたどり着いた決め手は、プロジェクト名に採用した「月」でした。東の隙間に月が昇るのでは?と思い調べてみると、秋の満月の日の20時頃~21時頃、その隙間に位置する事がわかりました。居間の座卓から中秋の名月が眺められるように考えたのがこの窓です。
"日本の明かり"を意識した結果、「月」に至りました。
「人柄と場所柄」
"和が好き"といっても、"和"の何がとか、"和"のどこがという話しになると、人それぞれ異なります。当然お二人は、どこかのAさんたちとも、Bさんたちとも違います。また、なんとなく好きという感覚的なことも多く、ご本人でも具体的なところまで理解していないこともあります。
言葉の奥の心に触れるのは、そう簡単ではありません。最近では好きなモノの写真を見せてくれることが増えました。しかしそれは、好きなモノの一つでしかないので、簡単には“答え”として採用することはできません。“最終的な答え”にたどり着くために、それらをヒントにしながらストライクゾーンをもっと細かく探る必要があります。
いつものことですが、じっくりとコミュニケーションを図ります。長岡にある古材や古道具も扱う製材屋さんに欄間や建具を探しに行ったり、ご親戚の家に古い箪笥や照明、硝子を見に行ったり、家具屋さんを回ったり、、、デートを重ねました。
身近で懐かしい昭和を感じる日本的なものやかわいいものに心動くお二人を見ていると、大切なことは、非日常的で特別な“和”ではなく、小さな頃から目にして触れてこられた暮らしの延長線上にあるのではないかと改めて感じました。
そう、お二人にとって大切な"和"とは"実家感"であり、それがこのプロジェクトのテーマになると思いました。
そのテーマからスタディを重ね、古い欄間や箪笥、今は作られていない硝子や照明など、共に厳選した『好きなモノ』を要所に散りばめています。
人の「個性」は当然大事なことなのですが、一方で「社会性」もまた必要です。ご夫婦が生まれ育った地元となればなおさらです。
周りの人との関わりは、出来れば支えてもらえたら嬉しいし、嫌われたくはないはずです。その為には、周りの人にも喜んでもらえるようなあり方が望ましい。せめて気持ちが乱れないように。
姿形は町並み(周りの家たち)をお手本にしています。古民家風にして"時"を戻すようなこともせず、現状維持というか、その町の"時"の流れを変えないように、ただ身を任せる、そんな感じを目指しました。
以前からそこに存在していた感じが纏えれば、お二人の人柄(思い)が町に繋がっていくのでは、と考えたからです。
庭工事は春になりますが、予定している緑が植わると、きっと新しい住まいが古い町並みの波長に合っていくのだと思っています。
設計 渡辺 義行
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