小針の家Ⅲ
竣工:2023年3月
集まって一緒に食べること
この家(H邸)のご家族は、奥様のご実家近くにお住まいです。
そして、弟さん家族のお住まいも近くにあり、ご両親と姉弟家族の計10人程でご実家に集まりごはんを食べる機会がよくあるとのことでした。ひとつ屋根の下ならぬ、ひとつ町の下に住む“大家族"という印象をうけました。
「ウチでみんなでバーベキューをしたり、ごはんを食べたりしたい」というHさんたちの要望はなるほど納得です。
“家"の素晴らしい役割(意義)だと思い、これをテーマとし是非実現したいと考えました。
「みんなで集まれるLDK」と「(小さくても)バーベキューが出来る庭」ということを念頭に土地探しが始まりました。
程なくいくつかの候補の中から予算内でいけそうな二つの物件が見つかり、下見&検討打ち合わせ。一つはご実家から少し離れてしまいますが、面積が62坪の広めの土地。もう一つはご実家に歩いて行ける距離で、面積が37坪の小さな土地。
場所的にも雰囲気的にも37坪の土地のほうが魅力的なのですが、面積が気がかりでした。2台分の駐車スペースと自転車置場、外収納の他に小さな庭がとれるかどうか、、、40坪あれば自信を持って薦められるのですが、、、。
それでも魅力的な土地なので、売れてしまう前に急いでしっかりと検討しなくてはいけません。
南向きで地形も良いため無駄が出ず、1階の床面積を15坪程度に抑えられれば外の機能はギリギリ満たせることがつかめたので、こちらをお薦めしました。もちろん、小さいが故の制限から他の要望についても整理しなければならないこともご説明し、期待と覚悟をいただいた上でこの土地での計画が始まりました。
「10人が集まるLDK」と「バーベキューができる庭」がスペース的に確保されればOKというわけではありません。大事なのは、楽しい時間が過ごせること、心地いい場所になること。面積的にどちらもゆとりはないので、気持ちがあがる為の工夫が必要です。
LDKでは、家具などの配置を色々移動しても使えるよう考えました。家具配置が変わると空間も変わります。人数に合わせて食事用・遊び用、晴れの日・雨の日、気分やシチュエーションによって様々な変化が生まれて楽しくなりそうです。
庭では、屋根の掛かる玄関ポーチもテラスとして一緒に使えるよう配置し、日陰になるスペースを設けました。また、潤いと季節感、時間の流れが感じられるように植栽を施しています。
そして多くの人の滞在を意識して、誰もが落ち着いて寛げるようシンプルでくせのない内部空間としながらも、Hさんたちの個性を引き立たせるための飾り棚や床の間のようなスペースをつくりました。
“家族"には定義がありません。法律でも扱われていません。それぞれが大切に思う人(動物も)が、“家族"になるんだと思います。
そして、“家族"の幸せのひとつに、「集まって一緒に食べる」ことがあるのではないでしょうか。
小針の家Ⅲの仕事を通して、“家"をつくる者の役割は「家族の幸せな時間をつくる」ことなんだと、改めて感じることができました。
LDKの広さは18.6帖です。ここに奥様のご両親や弟さんご家族が集まり、みんなで食事をすることを想定しています。
世代の違う家族がそれぞれに好きなように楽しく過ごす、そんな絵を想い描きました。
ダイニングテーブルも座卓やパーソナルチェアも、テレビも移動して配置が変えられるようになっています。それは居場所を選んだり作ったりできたら楽しいかなと。なので一緒に選び、新調した家具は折り畳みが出来て移動しやすいモノになっています。
料理に腕を振るうパパたち、遊んでいる子供たちを見守るおじいちゃんおばあちゃん、子供たちの話しに花を咲かせるママたち、、、そして、みんなでテーブルを囲みます。家具配置が変わると使い方も空間も変化します。非日常を求めるのではなく、日常を楽しくすることを大切にしています。
実際に選んだ家具が置かれたところ 共に折り畳みが出来る
L(リビング)とD(ダイニング)とK(キッチン)、3つの関係性(距離感)は人それぞれ違います。ワンルームのLDKであってもしかりです。
ここでは、DとKは近くにして配膳を楽に、KはLから丸見えにならないくらいがいい、というお話がありました。そこでLDKはL型の平面形状とし角にDを置くことで、Dを中心としたLDとDKという2つの空間を意識しました。LとKは壁に開口を設け柔らかく繋げています。
料理をする、食べる、宿題をする、遊ぶ、寛ぐ、、、人の距離感はいつも大切に考えています。
リビングから見て右側の引っ込んだ位置にあるキッチン。
壁の開口部から見えるのはコンロがある調理スペースで、奥に向かって作業台、シンクという構成です。集中して調理をするには逆のレイアウトの方がいいのでしょうけれど、「配膳を楽にしたい」という要望と「休日はみんなで料理と食事を楽しみたい」という事から、実施設計中に提案した配置です。
また、食洗機は今のお住まいで使っている卓上型の物を継続して使います。大きな家電がシンクの奥に置かれるので、この配置は見た目的にも一石二鳥です。
まだ新しい食洗機なのでもったいないということだけではなく、ビルトインより修理や入替えが容易なため、こうした計画も大いにありだと思います。
コンロ脇に設けたダイニング用の収納棚は配膳台を兼ねています。開口部の笠木は手元を隠すためと、油跳ねを考慮して高さを決めました。
玄関と洗面と階段室への動線になるホールのようなスペースをリビングの中に入れて「踏み込み」を設けました。天井を下げて変化をつくり、本棚を置いてリビングから空間を柔らかく区切ります。1.5帖のスペースが、空間に動きと奥行きを与えてくれます。
「朝の身支度を洗面室で出来たら」という要望がありました。
1階の面積を抑える必要(リビングと庭を優先)があるため、全ての収納を担うW.I.Cは難しい、、。そこでオンとオフ、大人用と子供用など1階に必要なものを整理することで、日常で必要なものの収納スペースを確保できました。
収納を含む約4帖のスペースは、脱衣と洗面をゆるく分けて着替えや歯磨きなどに対応します。洗う、干す、アイロンがけ、仕舞う(少しだけ)もこのスペースで行います。
複数人で使うバタバタの洗面もいいコミュニケーションになるかもしれません!?
寝室の隣に2帖の畳の間を設けました。
コーヒーを飲みながら読書をしたり、考えごとをしたり、静かな時間が楽しめます。北からの安定した柔らかな光が集中力を高めてくれます。
またW.I.Cの隣でもあるので、出掛ける前の身支度の場としても活躍しそうです。頻繁に使わないとしても、和室があるというだけで気分的に安心できるように思います。フローリング仕上げの踏込床も用意しました。
将来2つに分ける予定の子供室は9帖。廊下の小さなカウンターは、エアコンの隠蔽配管を梁を傷めずに床下に下ろすために設けたふかし壁の副産物。出入り口付近なのでちょっとした小物置にちょうど良さそうではあります。
ポーチ兼テラスとリビングをつなぐ空間。外のようであり中のようである、そんな中間領域として考えました。ポーチの雰囲気を連続させるため、コートや鞄などを掛ける壁は外壁の施工方法(杉板に押縁)を横にして仕上げました。また、外っぽさと楽しさを感じられる演出として、踏み天井に木製の格子を取り付け、少し天井を高くしています。
庭の広さは7.5帖程。3帖を植え込みスペースとし、中高木は株立ちのカツラ、低木にヒュウガミズキやシロヤマブキなどを植えました。両隣の庭の緑と連続させて、町に潤いと風情をつくります。
4.5帖と玄関ポーチ(テラス)が活動スペースになり、子供たちとバーベキューなどを楽しみます。外のスペースは暮らしに彩りを添えてくれ、また町と家庭の干渉エリアになります。
小さな敷地でも駐車スペースだけでなく、遊べる庭としっかり植込みをつくることができました。
LDKのメインの窓は、南の庭に面して大きな引き違いの掃き出し窓としています。窓の役割はたくさんあるため、計画は実は簡単ではないのです。まずは外との関係。外観のデザインはもちろんのこと、外からの人の視線にも配慮が必要です。当然ながら中からの眺めはとても大切です。
この家では、庭との関係(庭への出入りと草木や空を眺めること)を優先に考えました。中から見て左障子が出入口で、右障子が緑や空を眺める用です。これ以下の寸法では成り立たないし、これ以上の寸法では耐震性が劣る、そんなちょうどのサイズになっています。
そして、採光。単に明るければいいということではなく、陰影を意識することが大事だと思っています。また、光はイコール熱であることも考えなくてはいけません。窓の前に植えた落葉樹(カツラ)が、夏の強い日差しは遮ってくれ、冬の暖かい日差しは取り入れてくれます。
さらに、換気と通風。風を流すには入口と出口の2ヶ所が必要です。反対側(北面)のキッチンと洗面脇に窓を設けて風が流れるよう考えています。日中はメインの掃き出し窓を開けて、夜はその脇に付けた横すべりの小窓を開けることにしました。防犯のことを考えると大きな窓は開けにくいからです。
ちなみに小窓の網戸は木製建具とし、邪魔な存在にならないよう配慮しました。
4m道路の古くからある住宅密集地。こういう町には何故か温かい人情味を感じてしまうのです。世代の違ういろいろな人たちが共存していると思うからなのか、、、手入れされた庭や鉢植え、窓の開き方などから背後にいる人の存在が感じられるからなのか、、、。それぞれの家たちが自由に振る舞っていても連帯感があるような気がします。
以前ここには赤レンガで作られた門扉と塀を備えた、少し洋風な家が建っていました。その赤レンガがこの通りの雰囲気に一役買っているような感じがしました。
町の新陳代謝を考えたとき、場所の記憶ということを意識しています。出来れば記憶がリセットされないほうがいいと思っていて、"赤レンガ"的なモノが使えると有効だろうと考えました。
この色の外壁を選んだのは、目立ちたいという気持ちの表れではありません。むしろこの場所に馴染ませたいという思いからなのです。(検討中は、吉村順三さんの『井の頭の家』や『浜田山の家』、内藤廣さんの『ちひろ美術館東京』などを散々チェックしました!?)
レンガ色は近代的な西欧の匂いがしますし、赤錆色は昭和のトタンの風情を感じます。流行り廃りとはあまり関係のない感じが、町や住宅の長い長い時間と向き合えるのではと考えた結果です。
今はまだ真新しい感じがしますが、数年後には庭の樹々の成長と木部の経年変化も手伝って、この場所にしっかりと根を下ろしてくれると思っています。
設計:渡辺 義行
編集・撮影:佐藤 拓生
敷地面積:123.84㎡(37.38坪)
延床面積:103.93㎡(31.38坪)
構造規模:木造2階建
用途地域:第2種中高層住居専用
相談~
土地決定:2021年11月~2022年4月
設計期間:2022年4月~2022年11月
工事期間:2022年10月~2023年3月
住宅性能
認定長期優良住宅 耐震等級3
BELS取得 (Zeh Oriented)
一次エネルギー消費量等級5
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